こんにちは!さっきビッタビタにキムチを漬けてきました!(←間違ってはないけど違うなぁ)
前回の堀米雄斗さんの家はロサンゼルスを調査した記事でプライベートの部分に切り込ませてもらいました。
今回は、彼の父親は誰で、仕事は何をしてる人?
幼少期にスケボーを雄斗さんに教えたのは父親?練習場所はどこ?
など東京オリンピック金メダリストの気になるプライベートを調査していきたいと思います。
口数少ない天才堀米雄斗さんだけに、家族や幼少期を知る父親はどんな人なのか気になりますねー^^
では、行っきます!
堀米雄斗の父親の仕事は何をしてる方なの?
スケーターだけでなく、スケボーに興味がある人皆に読んでもらいたい、スケートボードの果汁が濃縮されたユウトパパのスゴいコラム
第4回 This is 堀米亮太 https://t.co/WzkGwdPUMb @USNET_BIZさんから— 小嶋勝美 (@katsumikojima1) November 21, 2018
軽やかなトリックとクールな表情で世間にインパクトを与え、
スケボーブーム再来の立役者であり初代五輪王者の堀米雄斗さん。
そんな天才青年を育てた父親はどんな人なのか?
若くして金メダルにたどり着かせた人はどんな仕事をしながら彼を支えてきなのか?
調べていくと意外なエピソードが出てきて、さらに魅力が増したと私は感じました。
ではみていきましょう。
父親は何の仕事をしてる人?
早速、調べましたところ、堀米雄斗さんの父親は
堀米亮太(1974年10月11日生まれ) 年齢:47歳 職業:タクシー運転主 少年時代:スケーター |
意外な仕事をされてますね
タクシードライバー
タイヤで走るって考えると繋がりはあります^^
息子さんの海外遠征や練習用のウェアーにスケートシューズなどのでお金がかかるので、タクシー運転手の仕事をしながら同僚の車を洗うアルバイトをして資金を調達してたとおっしゃってます。
スポ根アニメの世界がちらつきます、でも父親のその頑張りが身を結ぶ日はそう遠くなかったですね。
堀米亮太はスケーターだった?
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はい。しっかりスケボーの魅力にとりつかれた一人でした。
スケボーとの出会いは中学時代で、友達が滑ってるところについていって初めて乗ったのだそう。
陸上部で運動神経に自信があったのに大ゴケしてプライドが傷つけられてから負けず嫌い根性でハマっていったようです。堀米雄斗さんの大躍進するまで頑張った根性は父親譲りと言えるでしょう。
結婚をされて雄斗さんが生まれたのを機に周りからも促されスケボーをやめます。
しかし”どこかでみんな集まってスケボーで盛り上がってる”という噂などを耳にするようになり。自分が滑りたいがために雄斗さんを遊ばせるとごまかして連れ出し、仲間に雄斗さんのおもりをさせて父親の亮太さんがスケボーを楽しんでたようです。
あのクールな雄斗さんとは正反対な破天荒タイプの父親なんですね!
そこもまた関係性が面白いですね。漫画だ漫画wいや、ドラマティックと言い変えよう^^
幼少期は父親がスケボーを教えたの?練習場はどこ?
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上に貼ってあるインスタグラムに投稿されてる
大島小松川公園スケートボード 愛好会(通称SSP)
で父親の亮太さんが幼少期の雄斗さんを連れてスパルタ教育をしてたようです。
写真は実際に父親の亮太さんをスケボーで飛び越えてる雄斗少年です。
この写真素敵ですよね!楽しんでるのが目に見えてわかるいい写真です。
こんなところにも世界を獲った堀米雄斗さんの意外な面が見られます。
ますます魅力が出てきます。
では幼少期の親子を見ていきましょう。
堀米悠斗にスケボーを教えたのは父親?
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父親の亮太さんがやりたいがために雄斗さんをだしにして地元の公園に連れ出すようになり、自然と小学生だった雄斗さんも本格的に練習するようになったようです。
友達の中では一番飲み込みが悪かった雄斗少年は、ハーフパイプの練習に移ると才能を発揮しだしたようで、そうなると指導にも熱が入っていきます。
インタビューで読んでると、父親の亮太さんもそこまでプロではなく、いつの間にか雄斗さんに抜かれてしまったようです。
僕はここに息子さんの覚醒の種が隠されてると見ました。
要するに、英才教育ではなく”一緒に練習した友達”
同じ立ち位置でスケボーを見れて分析し合える、血のつながったライバルが父親だったのが伸びる要因だったとではないかとみます、家に帰っても細かい反省点や分析ができるし
圧倒的に体にバネがある息子の雄斗さんの方ができるようになるのが早いのは必然で、父親より早く習得できたという小さな成功体験が現代っ子の堀米雄斗さんの才能が開花する良い材料であったのではないか。
スケボーを親子で楽しみながら追求できたことは堀米雄斗さんにとって財産となったのではないでしょうか。
堀米雄斗の父親的な存在は?
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息子の成長と反抗期を機に父親である亮太さんは距離を置いたようで。
陰でタクシーの仕事やアルバイトをしてサポートをするようになっていったようです。
そこで雄斗さんの面倒を見てくれと頼んだのが、現在の日本代表のコーチである。
早川大輔さんだとおっしゃってます。
展開がまたもドラマです^^
早川さんは初めて13歳の堀米雄斗少年と会ったとき愕然としたと言います。
自分と全くスケールが違っていた!
国内でまがりにもプロスケーターと言っっていた早川コーチのプライドに最後のとどめをさしたのが堀米雄斗さんだったそうです。
早川さんは謙遜して「コーチというよりも雄斗さんのファンだ」と言います。
”日本代表ファン”は無観客の東京オリンピックで堀米悠斗さんに寄り添い、誰もが羨む特等席で見守っていました。
第二番目の父親といえるエピソードです。
まとめ
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はい、見てきました。
堀米雄斗さんの父親である亮太さんの仕事はタクシー運転手でした。
昔は本業の他にアルバイトの仕事もしていたようですが、億プレーヤーとなった堀米雄斗さんにはもう必要ないですよね。
”自分が見てたら雄斗が負ける”というジンクスを信じて、
なんと東京オリンピックに出場した息子は見なかったようです^^;
正確にいうと予選を見て、こりゃダメだなって思って自転車で散歩に出かけちゃったらしく
散歩の途中で友達から電話が入り
友達「雄斗がメダルだよ!」
亮太「え!銅メダル?」
友達「違う!金だよ!」
はい。下町舞台の泣ける映画エンディングで今回は閉めたいと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。